2018年6月29日に成立した「働き方改革関連一括法」は多くの問題点を含む一方、一定の規制強化となる内容も含んでいます。一括法の「毒の部分」を発動させず、規制強化の部分を最大限に活用することは、労働者・労働組合の取り組みによって十分可能です。
一括法の内容を正しく理解し、労働者の権利向上のために利用しましょう。
1 「毒の発動」をさせない〜高度プロフェッショナル制度を導入させない(2019年4月1日施行)
高度プロフェッショナル制度(労基法の適用除外・労基法41条の2。以下、「高プロ制度」と言います)は、支払いが見込まれる賃金の額が一年あたり平均給与額の3倍の額を相当程度上回る水準(額は今後省令で定める)の労働者について、労働時間、休日、深夜の割増賃金等の規制を取り払うことを可能にするものであり、長時間労働・過労死を招くとして労働者・労働組合や過労死家族の会が大反対をしてきたものです。反対の声は与党により無視され法律は成立しましたが、この制度を現場で導入させないという取り組みは十分可能です。
(1) 労使委員会で阻止する
高プロ制度導入には、労使委員会で5分の4以上の多数決が必要です。労使委員会とは、「賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し当該事項について意見を述べることを目的とする委員会」です。
労使委員会の委員の半数は、当該事業場の労働者の過半数を組織する労働組合、またはそのような労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者、によって任期を定めて指名されなければなりません。労働者側の委員が、この高プロ制度の持つ危険性を十分認識し導入を拒否すれば、制度の導入はできません。とはいえ、使用者の要求に対し、労働者側委員が拒否の意思表示をし続けることは簡単ではありません。労働者側委員が自信をもって拒否できるように、まわりの労働者・労働組合が労働者側委員を目に見える形で支えることが重要です。そのためにも、労働組合が職場の中で高プロ制度の問題点を広く知らせることは極めて重要でしょう。
(2) 合意をしない労働者を支える
仮に労使委員会で導入が決定されたとしても、高プロの適用には労働者個人の同意が要件となっています。同意をしなければ、制度の適用はありません。
とはいえ、現場においては、同意しなければ配転や減給、場合によっては解雇をするといった脅し、また昇進に影響する旨の示唆を受けるなどして同意を迫られる危険性は十分予想できます。その場合に同意を拒否するということは実際には簡単ではないでしょう。(なお、参議院付帯決議第27項は、「不同意に対していかなる不利益取扱いもしてはならない」ことを周知徹底することを求めています。)
やはり、労働組合の役割は極めて重要です。労働者には同意をしない権利があること、同意を拒んだことを理由とした不利益取り扱いは許されないことを周知し、同意を迫られている労働者については、しっかりと自分の意思表示をできるよう支えることが労働組合には求められます。なお、仮に同意をしてしまったとしても、労働者はいつでもその同意を撤回することができます。
(3) 高プロ導入は「ブラック企業」との評価は免れない
高度プロフェッショナル制度は、労働時間等の規制を取り払う、という制度です。「成果で評価される」などということが政府及び一部マスコミにより宣伝されていましたが、そのようなことは法律上一切保障されていません。「多様で柔軟な働き方」を実現するというのが政府の建前ですが、業務命令から解放されるわけではなく、長時間労働をもたらすことは必至です。このような制度を導入するメリットは、時間に関係なく労働者をいくらでも使うことができるというフリーハンドを得る使用者側にしかありません。
本当に労働者の健康と生活のことを大事にしながら経営をしようとする経営者であれば、このような制度を導入するという選択はとりません。高プロを導入する企業の本音は、「労働者を極限まで使い切りたい、残業代は払いたくない」というところにしかないのです。
「高プロ導入をしているかどうか」はブラック企業がどうかを見極める一つの大きな指標となるでしょう。そして、そのような指標になるということが広く世の中の共通認識となれば、まともな経営者は高プロ制度を導入しようとは思わないはずです。また、仮に高プロを労働組合が容認することがあれば、労働組合にも批判の対象が向けられる可能性があることは十分留意しておく必要があるでしょう。
高プロ導入=「ブラック企業」、この認識を広げていくことが、労基法41条の2を事実上使われない条文にする(死文化させる)ために重要です。
2 活用すべき点①〜時間外労働の上限規制等の活用(2019年4月1日施行。中小企業は2020年4月施行。)
(1) 上限規制の原則に基づいた36協定の締結を
①月45時間、年360時間が原則!
今回の労働基準法改正により、時間外労働の上限について、月45時間、年360時間を原則として(限度時間)、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)が上限であることが明記されることになりました(労基法36条)。
(厚労省リーフより)
これは、特別な事情がある場合に過労死ラインまでの残業を容認するという点や、自動車運転業、建設事業、医師等について5年間適用を猶予し、新技術・新商品等の研究開発業務について適用を除外するという点などで極めて不十分な内容です。
しかし、月45時間、年360時間という原則が法律上明記されたことは、現場で最大限に活用すべきです。
具体的には、36協定の締結にあたっては、労働者・労働組合は時間外労働の上限はこの月45時間、年360時間の限度時間を下回る内容となるよう使用者に求めていくべきです。また、特別条項を入れるにあたっても、過労死ラインの上限ギリギリに設定することは認められないという立場をとるべきです。
この点、厚労省指針5条2項は、時間外・休日労働協定において限度時間を超えた延長時間を定めるに際して、労使当事者は「労働時間の延長は原則として限度時間を超えないものとされていることに十分留意し、当該時間を限度時間にできる限り近づけるように努めなければならない」と規定しています。
また、厚労省指針第5条1項は、年720時間までの特例に係る協定を締結するに当たっては、ⅰ通常予見することができない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合を具体的に定めなければならず、ⅱ「業務の都合上必要な場合」、「業務上やむを得ないとき」など恒常的な長時間労働を招くおそれがあるものを定めることは認められないとされています。
これらの指針を踏まえて、限度時間を超えるような協定には安易に応じない、また応じる場合であっても、限度時間を超えて労働させる場合について具体的かつ限定的な定めを規定させ、36協定を実効性のある上限規制として機能させる取り組みが必要です。
②36協定の締結は拒否できる
重要なのは、過半数労働組合又は従業員代表は、使用者の求める36協定締結を拒否することができるということです。労働者側が36協定の締結を拒否すれば、使用者は残業を命じることができません。過半数労働組合の執行部や、従業員代表に選出されることとなった方は、このような強い権限と責任を有していることを十分自覚した上で、この法律の原則を理解し、労働者のワーク・ライフバランスが保たれる36協定を締結できるよう力を尽くしましょう。
なお、36協定が適式なものか、指針に沿ったものになっているか、その内容が遵守されているか、というチェックはこれまで以上に重要となります。指針に適合しないような協定であれば、労基署による助言指導を求めることができます(改正労基法36条9項)。
(2) 労働時間を客観的に把握させよう
実効性のある労働時間の上限規制を実現する上で重要なのが、労働時間の把握です。この点について、労働安全衛生法が改正され、医師による面接指導の実施のために、労働時間の状況を省令で定める方法により把握しなければならないとされました(改正労安法66条の8の3)。これに基づく省令においては、その把握の方法として「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法」と記されています(労働安全衛生規則52条の7の3)。
労働時間管理がずさんな職場においては、この規定をもとに、客観的な労働時間の管理・把握を求めていくことが必要です。
(3) 勤務間インターバル制度の導入の実現を
労働時間等設定改善法の改正により、事業主に対し、勤務間インターバル制度(前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息を確保すること)の創設をする努力義務が定められました。
(厚労省リーフより)
これは努力義務に過ぎませんが、この規定を根拠に、労働組合は勤務間インターバル制度の創設を使用者に求めていくべきです。
欧州連合(EU)では労働者の健康と安全を確保するため、24時間につき最低でも連続11時間の休息を与えることが義務づけられており、日本でもこの制度の導入を進めていくことが求められます。
労使の合意により以前からこの制度を設けている企業も少なくなく、また今回の働き方改革の議論の中で自主的に制度導入を決める企業も増えてきています。厚労省のウェブサイト「勤務間インターバル」(https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/jikan/interval/index.html)でも、「導入事例集」において、「ユニ・チャーム株式会社」「株式会社フレッセイ」「TBCグループ株式会社」「KDDI株式会社」「社会福祉法人聖隷福祉事業団」「総合病院 聖隷三方原病院」「AGS株式会社」「本田技研工業株式会社」が紹介されています。その他、近年ではサッポロビール、ニトリ、日立製作所や日本郵政グループなどが制度の導入をした旨の報道もなされています。他企業の動向も交渉の材料として、使用者に対し勤務間インターバル制度の導入を求めていきましょう。
(4) 年次有給休暇の取得促進で年休消化を100%に
11日以上の年休が付与される労働者について、使用者はそのうち5日について、当該年内に時季を指定することにより与えなければならないとされました。使用者がこの付与を怠ると、刑事罰の対象となります(改正労基法39条7項、同120条)。
使用者による時季指定にあたっての手続については、省令ではⅰあらかじめ労働者への時季に関する意見を聴かなければならないⅱ使用者は、聴取した意見を尊重するよう努めなければならない、と規定されています(労基法施行規則24条の6)。
労働者の意見がきちんと反映された形で年休消化が進むように、労働組合の取り組みが求められます。
3 活用すべき点②〜公正な待遇の確保(2020年4月1日施行。中小企業は2021年4月1日施行。)
(1) 改正の内容
今回の働き方改革関連一括法では、「雇用形態にかかわらない公正な処遇の確保」という内容も盛り込まれ、これに伴い、パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法が改正され、主に以下の内容が定められました。
① 不合理な待遇差を解消するための規定の整備
〇不合理な相違の禁止基本給、賞与、その他の待遇それぞれについて、パート労働者、有期雇用労働者と正規雇用労働者との不合理な待遇を設けることは禁止されます。不合理かどうかについては、職務内容、職務内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断されることになります。
〇差別の禁止職務内容、職務内容・配置の変更範囲が同一である場合には、基本給、賞与その他待遇のそれぞれについて、パート労働者、有期雇用労働者を正社員と差別することは禁止されます。なお、パート労働者については以前より同趣旨の規定がありましたが、今回それが有期雇用労働者にも広がりました。
〇派遣労働者についての均等・均衡待遇ⅰ派遣先の労働者との均等・均衡待遇をするか、ⅱ一定の要件(同種業務の一般の労働者の平均的な賃金と同等以上の賃金であること等)を満たす労使協定による待遇をするか、いずれかを確保することが派遣元に義務づけられました。
② 説明義務の強化
パート労働者、有期雇用労働者、派遣労働者について、正規雇用労働者との待遇差の内容・理由等に関する説明をすることが義務化されました。
③ 行政による履行確保措置及び行政ADRを整備
上記の義務について行政による履行確保措置及び行政ADRを整備することとなりました。
(2) 改正法を活用し、非正規労働者の待遇改善を
パートタイム労働法は、「短時間雇用労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」と改められました。これまでは、「短時間雇用労働者」といういわゆるパートタイム労働者だけをカバーする法律でしたが、今度は「有期雇用労働者」をもカバーする法律となります。そして、この法律は、パート労働者及び有期雇用労働者について、「不合理と認められる相違を設けてはならない」(8条)、「差別的取り扱いをしてはならない」(9条)といった定めを置きました。
もちろんこれは、一切の格差を認めてはならないという意味ではなく、前記のような一定の条件を満たす場合に格差を禁ずるものに過ぎませんが、この規定を活用して、パート労働者、有期雇用労働者の労働条件を向上させていくことができます。既に、有期契約労働者に対する不合理な格差を禁じた労働契約法20条(2013年施行)に基づき、格差是正を求める20条裁判が各地で起こされ、ハマキョウレックス最高裁判決、長澤運輸最高裁判決などに結実しています。引き続き、職場の取り組みで格差是正をすすめる武器として活用しましょう。
また、労働者派遣法は、これまで、「派遣先労働者の賃金との均衡を考慮しつつ、派遣労働者の賃金を決定するよう配慮しなければならない」という配慮を定めるだけの内容になっていました。今度の改正法では、労使協定による抜け道は用意されているものの、「基本給、賞与、その他の待遇それぞれについて」「不合理と認められる相違を設けてはならない」と明確に格差の禁止が明確に宣言され、かつ、それが「基本給」や「賞与」といったそれぞれの場面ごとに判断されることが明記されました(派遣法30条の3)。
このように、法律上格差の是正が明文化されたことを受けて、パートタイム労働者であれ、派遣労働者であれ、有期雇用の労働者であれ、その就労の実態に鑑み、その職場の通常の労働者(多くの場合正社員)との間で、賃金その他の労働条件の格差の存在について、その是正を求めていくことがより一層正当性を有するようになったといえます。
なお、正社員の待遇引き下げによって格差是正を図ろうとする動きも一部にありますが、参議院附帯決議第32項は、「同一労働同一賃金は、非正規雇用労働者の待遇改善によって実現すべきであり、各社の労使による合意なき通常の労働者の待遇引下げは、基本的に三法改正の趣旨に反する」と述べており、これに沿った指針等が今後制定される予定です。
個別の労働者や労働組合は、これらの規定や附帯決議、今後制定される省令や指針等を活用して、正規労働者と非正規雇用労働者との労働条件の格差是正を求めて、使用者との間での話し合いや団体交渉を行うべきです。
また、その際、今回の改正が、「基本給、賞与、その他の待遇それぞれについて」と明記されたことも重要です。賃金には様々な名目がつく場合が多くみられますし、労働条件といっても賃金の問題だけではありません。そうした労働条件のひとつひとつについて、当該条件の性質や目的、運用の実態などを踏まえながら、協議を進めていく観点が必要です。
交渉をしても使用者が格差是正を怠るときには、裁判をして是正を図る取り組みにも挑戦していきましょう。
4 働き方改革関連一括法を総覧して
働き方改革関連法は、高プロ制度を導入するなど、大きな問題をはらんでいます。また、雇用対策法の立法目的が、「職業安定」から「労働生産性向上」「多様な就業形態の普及」に変更されたという点も注意すべき点です。すなわち、雇用対策について安定的な雇用の確保ではなく、労働市場の流動化、そこでの労働者の職場移転の促進をはかり、多様な働き方(テレワークや副業なども含む)を推進する法律として雇用対策法が位置付けられたのです。その意味では、一括法は、非正規雇用といった働き方をなくしていくという発想には立っていません。安定した労働条件を長期に渡って確保することを求める労働者にとっては決して歓迎すべき内容ではありません。
こうした問題点を見据えながらも、労働時間の上限規制や公正な処遇の確保といった意味での活用可能な部分は積極果敢に活用していく工夫を考えるべきです。とりわけ労働組合が果たすべき役割はこれまで以上に重要になるでしょう。
多くの皆さんが、この法律についての理解を深め、活用されることを願い、また、東京法律事務所もそのお手伝いをしていきたいと考えます。